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落合 暁(オチアイ アキラ)、別称は変人。それが俺だ。

唐突な話ではあるが、俺には妖怪が見える。これを聞いて信じるか信じないかは、また別の話だ。

ただ、これは口が裂けても言うことが出来ない俺の秘密。

秘密…というとなんだかロマンチックな気もするので訂正しよう。

これが俺の地雷だ。何人たりとも踏んではならない、俺の爆弾。

 

「お前、いつも思うけど何におびえてんの」

 

それが登校して教室で会ったクラスメイトの第一声だった。

時刻はまだ7時45分、朝っぱらから俺はその地雷を踏まれつつある。

あまりにも唐突だったので、俺には返す言葉も見つからなくて動揺した。

動揺している場合じゃない。ここは冷静に、いつも通りにしないと。

 

「なにいってんの佐竹、別に何もおびえてないけど」

「でも、お前って帰る時はそそくさ帰るよな」

「は、早く帰りたいだけど…」

「ほら、今もなんかビビってるじゃん」

「…」

 

佐竹の後ろから、俺を面白そうに覗き込んでるやつがいる。

…なんて言ったところで、きっとコイツは信じてはくれない。

人間じゃないのは見てすぐわかるけれど、幽霊にも思えない…これはきっと妖怪の類なんだろう。

 

俺にはなんでか妖怪というものが見える。

理由は分からないし、親族に見える人が居たという話も聞いたことがない。

でも俺には見える。そしてあいつらもなんでか俺が見えることを知っている。

知っているから面白がって、俺で遊んでいるんだろう。

全く、人の気も知らないで勝手に俺で遊ぶなんて…本当に、いい迷惑だ。

 

「暁」

「うぇ?」

「なにアホみたいな声だしてんだよ、話聞いてたか?」

「あ、いや、全然」

「だからよ、もしかしてお前ってさ幽霊とかそういうのが見えるのか?」

 

心臓がどくりと一際大きく脈打ったのが分かった。

やめろよ、そういうこと聞くの。大体、聞いてどうするんだよ。

そうだと分かったからって何になるんだよ。

そのネタを使って、俺でからかって遊ぶつもりなのか?

 

小学生の頃、見えるのがまだ当然だと思ってた時の頃。

俺が見えると言うと、クラスメイトは俺を変人扱いした。

その結果、教師たちまでもが俺を遠ざけるようになったから、正直ロクな思い出は無かった。

だから俺は見えないふりをしてきていたつもりだったのに。

 

俺に問いかけるこの佐竹 一哉(サタケ カズヤ)という男は、クラスの中でも注目の的だ。

なんて言ったらいいんだろうか、今でいうオラオラ系というやつで見た目も強面だし不良っぽい。

関わってはいけない奴ランキング堂々の一位に輝きそうな奴。

だからコイツにだけはそんなようなことは聞かれたくなかったし、関わりを持ちたくなんてなかったのに…

全く、なんでこんなことになっちゃったんだろうか。

というか、なんでコイツ俺のこと名前で呼んでるんだろ。

 

「あのさ、佐竹って幽霊とか信じてるの?」

「…さあな?俺は見たことねぇからわかんねぇ」

「見たことないのに、居ると思うの?」

「見たことねーんだから、居るかどうかもわからねぇだろ」

「つまり、見たことないものに関してどうこう言えないってこと」

「そーなるな」

「そっか」

 

なんというか素直な男だな…って思った。

自分の計り知れない世界に関して、そうだと決めつけるのは良くないということなんだろう。

つまり妖怪を見たこともないのに、妖怪なんているわけがないと決めつけたくないんだ。

でもその自分の知らないことを興味本位で俺に聞こうとするのは止めてほしい。

俺にとって、「コレ」は聞かれたくないことなんだ。

 

「んで、どうなんだよ」

「見えないよ」

「は?」

「俺は、見えない」

「でもよ」

「それは気のせいでしょ。佐竹が俺に何を期待してるのか知らないけど、期待してるから見えてるように見えるんじゃない?」

「……そうか」

 

…なんだろう、今の間は。

言葉だけでは納得しているようでも、顔も妙な間も、納得しては居なかった。

大体、なんで俺が見えるって思うんだろうか。露骨に態度には出していないはずなのに。

 

 

*  *  *  *

 

 

その日の放課後は散々なものだった。

今朝、佐竹の背後に居たやつはどうやら狐が化けていた姿だったらしく、その狐が追いかけてきたのだ。

俺の後ろを校内でも追いかけてくるものだから、校門を出るまでかなり大変だった。

途中で佐竹が声を掛けてきていたような気がしたが、今はそれどころではない。

明日、問い詰められたとしても聞こえなかったと言えばいい。

 

このまままっすぐ家に帰りたいところではあるが、家に帰れば場所を突き止められてしまう。

そう思うと背筋がぞっとしたので、家に帰るにも帰れない。

人気のないような場所に行って、走って狐から逃げるしかない。

そう思って近くの小さな山へ向かうことにした。

 

山への入り口に入ると猛ダッシュした

中々に長期戦になりそうだったので、走りながら携帯を取り出して母親に帰りが遅くなるというメールを送っておく。

理由は…そうだな、友達の家で勉強をしているってことでいいか。

どれだけ走ろうとも、狐が俺を諦めることは無かった。

くそ、追いつかれてたまるか!これでも俺は運動は得意な方なので自信がある。

…まぁ、自信があろうともなかろうともそんなのは妖怪の狐にはあまり関係なかったらしい。

等間隔でずっと俺の後を追いかけてくる狐。弄ばれている感覚が否めない。

あのな、俺は遊んでやってるわけじゃないんだぞ…とできることなら文句の一つでも言いたいほど、振り返るたびに狐は楽しそうにぴょこぴょこと軽快に追いかけてきていた。

余裕かよ…なんて思いながらこの果てしない追いかけっこに嫌気がさしてきた時のことだった。

 

突然、狐がピタリと追うのをやめてしまったのだ。

ふと後ろを振り返るとそこに狐の姿は無く、いつの間にか夜の闇が森を包んでいた。

 

「っ、やば…真っ暗…」

 

校舎を出たのは夕方くらいだったはずなのに、いつの間にか空は星が出ている。

ということは、結構長い時間逃げてたってことか…

それだけの距離を走っていても息切れ一つしていないのは、俺が足を止めると追ってきていた狐もピタリと止まったからだ。

俺はお前の遊び道具じゃないって言うのに、いい気なもんだ。

 

「山のどの辺まで来たんだろ…」

「もう山頂付近ですよ」

「ってことは結構来ちゃったのか…ってうわ!?」

「おや、どうしました」

 

独り言を呟いたはずだったのに、自然に返事が返ってきたことに気付くのが遅かった。

あまりにもそれが当たり前のように、俺の背後からした声の主が首を傾げるものだから、誰なんだとかそういうのも全部後回しになったくらいだ。

俺の背後に居たやつは人間だった。

真っ黒の短髪と、今時には珍しい真っ黒な着物を着ている。

見た目からすると、20代くらいに見えるその男性は俺を見て微笑んでいた。

 

「…あのさ」

「はい」

「アンタ、誰」

「私ですか?私はこの山に住んでる者です」

「この山に住んでる人なんていたんだ」

「居たみたいですね」

「いや、なんで他人事みたいに言うの…」

「どうしてでしょう?」

「質問に質問で返さないでよ」

 

微笑みながらすっとぼけたように言う男に呆れつつ、溜め息を漏らし項垂れる。

帰る道もすっかり暗くて分からなくなってしまった。

しかも眼前には見知らぬ男。この絶望的な状況をどうしたら良いか考える。

沈黙する俺をしばらく男は黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「こんな時間に、こんな山奥まで来てどうしたんですか?」

「あー、いや、その…」

「……質問を変えましょうか。迷子ですか?それとも家出ですか?」

「えーっと、迷子…かな」

「かな?」

「…」

 

疑問形になってしまった俺の言葉に、男は聞き返すが俺には返す言葉はなかった。

妖怪に追いかけられてたんです…なんてとてもじゃないが言えやしない。

少しの間、男は俺の言葉を待っていたようだったが、どうやら待てども無駄だと思ったらしく小さく息を漏らし歩みだす。

その地面を踏んだ音に男を警戒していた俺がびくりと肩を跳ねさせたことに気が付いたのか、彼はすぐに歩みを止めた。

 

「みたところ、君は未成年の様ですが…ご家族は心配されないんですか」

「連絡はしておいたから、大丈夫だけど」

「……」

「なに」

「君が私を警戒しているのは、分かりますけどね。そうして連絡しておいた事を警戒している相手に対して言うのはどうなんでしょうか」

「う、うるさいな…」

「まぁ、とって食べたりはしませんから安心してください」

「って言う奴ほど信用できない」

「信用してもらえないと、帰り道を教えられないので困りますね。…最も、困るのは私じゃありませんけど」

「アンタ、性格悪い」

「よく言われます」

 

嫌味ったらしい顔をして嫌味を言う男を睨みつけても、彼は楽しそうに微笑んでいる。

変な男だな…なんて、初対面の相手だというのになぜか警戒する気も起きなくなった。

これが大人と子供の違いで、大人の余裕をかまされてるのかと思うと無性に腹が立った。

けれど彼が帰り道を知っている以上、俺は彼に頼るしかなさそうだった。情けない話だ。

その容姿からなのか、それとも話し方が丁寧な所為なのか分からないが妙に安心感のあるその変な男に向き直る。

 

「分かった。信用するからさ、帰り道…教えてくれない?」

「いいですよ、案内しましょう」

 

…教えてくれるだけでよかったんだけどな。

案内すると言われると不安になるが、今は彼の言うとおりに動くしかどのみち方法はない。

なんでこんなことになってしまったんだか…本当に今日はついてない日だ。

狐から逃げるためにこの森に逃げ込んでしまった過去の自分を恨めしく思いながら、先を歩く男の背を見つめもう一度溜息を漏らして後を追った。

 

 

 

20141125~

 

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